洋画感想連想記

息をするように洋画を鑑賞して10数年です。海外ドラマも好きです。

脅威との共存 新型コロナとジュラシックワールド

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世の中、まだコロナですよね。

この新型のウイルスが世界中で猛威を振るい始めたころに「アフター・コロナ」という単語が生まれて(使われるようになって)、「コロナが終息した後の世界」的な話のときによく出てきていた気がします。このころはまだ、みんなが事の重大さを理解し始めたころだったように思うのですが、初めての緊急事態宣言が明けて夏になっても、まただんだん寒くなってきても一向に収束しそうにない状況に戸惑い、そのうち「ウィズ・コロナ」と言って「コロナと共存していく」という概念についてよく聞くようになりました。記憶違いならすみません。

 

 コロナと共存していく。「共存」というキーワードから、ふと、映画『ジュラシックワールド/炎の王国』を思い出しました。

 

これ以降の内容には、以下の映画に関するネタバレを含みます。

 

 

ネタバレしますが、この作品のラストで恐竜たちが野に放たれます。

草食恐竜も肉食恐竜も、なんならティラノサウルスも放たれました。

つまり、私たちが居住するエリアにも恐竜たちがやってくる可能性が生まれたということであり、映画の中でもそんな描写があります。この作品は次回作が製作中で、来年('22年)公開になる予定らしいですが、この次回作では、文字通り「恐竜との共存」が描かれるのではと思っているのです。

 

これらの映画のことを知らない人に向けて簡単に説明したいと思います。

(もう知っているよという人は飛ばしましょう。) 

映画『ジュラシックワールド』はシリーズ物で、前述の『炎の王国』は2作目です。

そして、このシリーズは映画『ジュラシックパーク』シリーズを源流としています。

 

ジュラシックパーク』は、琥珀に生き埋めになっていた蚊のお腹の中にあった恐竜の血液からDNAを採取して、本物の恐竜をよみがえらせることに成功した人たちが、とある無人島に恐竜たちを放ち、「ジュラシックパーク」というテーマパークを作ろうとしたんだけれど、開園直前でえらいことになり、結局パークをオープンできずに終わるというお話です。3作品作られていて、2作目以降は放置されている「ジュラシックパーク」を舞台にして恐竜たちとハチャメチャする話です。

 

そして、これの続編として製作された新シリーズ『ジュラシックワールド』は、懲りない人間がまたあの無人島に新たなジュラシックパークを作り出し、パーク名を「ジュラシックワールド」として、今度は恐竜と触れ合ったり眺めたりできる完ぺきな体験型テーマパークを完成させ、ある程度ちゃんと運営できているという状態からお話が始まります。

世界中のセレブなんかも訪れる激映えスポットになっているようですが、客に飽きられるのは困るということで、「もっと大きく、もっと狂暴で、もっと歯の多い、世にも恐ろしい恐竜」をハイブリッドで作り出しており、公開をまじかに控えている状況です。ところがこのハイブリッド恐竜(通称インドミナスレックス)が隔離施設から脱走してしまい、登場人物たちはこの信じられないくらい強いインドミナスレックスと死闘を繰り広げます。

ジュラシックパーク』時代から「めちゃくちゃ賢い恐竜」として通っているヴェロキラプトルという種類の恐竜が人間の指示でチーム行動したり、ティラノサウルスが頑張ったりして、なんとかインドミナスレックスをやっつけます。1作目はここで終わります。

 

私が言及している2作目『炎の王国』では、前作で閉園したジュラシックワールドの火山が近々噴火することが判明し、放置されて生き残っている恐竜たちをどうするのか議論になっている中、とあるお金持ちが秘密裏にその恐竜たちを島から救出するべく、主人公たちを島へ送るところから始まります。ところが実際は、恐竜たちを救出するのではなく高額で売りさばくことが目的だったとわかり、主人公たちは裏切られます。捕らえられた多数の恐竜たちはカリフォルニア州にある大邸宅の秘密の実験施設に輸送され、ここで次々に競売にかけられていきます。このとき試作品として新たなハイブリッド恐竜(通称インドラプトル)が登場します。インドラプトルは、前作のインドミナスレックスのDNAをもとにして作られていて、体長はやや小さいもののインドミナスレックスよりもさらに賢く、狂暴です(歯も多いはず)。観客としては嫌な予感がしますが、その予感は的中し、インドラプトルは檻から出てきて人を襲い始めてしまいます。これを主人公たちと1頭のヴェロキラプトル(名前はブルー)が協力してやっつけます。この死闘と現場の混乱で、捕らえられた恐竜たちがいるラボで有毒ガスが放出されてしまい、このままだと恐竜たちはみんな死んでしまうという状況になります。赤いボタンを押して扉を開ければ助けられますが、そうすれば恐竜たちを外に逃がすことになるという極限状態で、女性の主人公が泣く泣くボタンから手を放しました。ところが、ずっと一緒に行動していた少女がこのボタンを押して、恐竜たちを野に放ってしまいます。実は彼女は自身の母親のクローンであり、自分と同じクローンである恐竜たちにも生きる権利があると考え、ボタンを押す決断をしたのでした。

こうして、多くの恐竜たちがカリフォルニアに放たれることになったわけです。

  

 『ジュラシックワールド/炎の王国』が公開されたのは、2018年。公開初日に映画館へ観に行ったのを覚えています。最後に恐竜が放たれ、動物園や住宅街を見下ろす場所に恐竜がいる描写をみたとき、「まじかよ。ジュラシック“ワールド”ってそういうことか。次のテーマは共存かな。」と思っていました。「共存」というキーワードをすぐに引っ張り出せたのは、実を言うと2016年公開の映画『シン・ゴジラ』のおかげです。これを劇場で鑑賞したときは、リアルすぎて恐怖を覚えましたし、それはしばらく心に残り続けました。ゴジラという「脅威」は決してなくならず、そこに存在し続けます。これと共存していくしか選択肢がない中で、どうやって生きていけばいいのかという問題提起がなされて作品は幕を閉じるわけです。ジュラシックワールドでは次回作でいろいろと描かれるんでしょうが、少なくともこの2作品では「そこに紛れもなく存在する脅威と向き合う」という共通項があるように思えます。

 

私たちは今、COVID-19という「そこに紛れもなく存在する脅威と向き合う」生活を送っています。専門家ではありませんが、このウイルスが地球上からなくなることはほぼないですよね。そうであれば、これと共存していくしかないわけです。

超大雑把にくくると、今ってSF映画と同じ状況なんだなと思えてきます。

 

パンデミックが起こって1年以上たったこのごろ、そんなことを考えています。

 

追記

そういえば、映画『アイアムアヒーロー』も同時期に鑑賞していまして、私にとってはこれもなかなかリアルでじわじわ怖くなる系の作品でした。原作は読んだことないですが、これってどう決着するんでしょう…。ショッピングモールを離れちゃって、日本中どこもゾンビだらけだなんて絶望しかないですよ。なんかこう、アルカディア的なエリアはあるんですかね。